会 議 録

第128回 衆 「規制緩和に関する特別委員会」 5号
1993/11/24

○高木(陽)委員  公明党の高木陽介でございます。
 今の村井委員の質問にも関連してくるのですけれども、規制緩和の問題というと、かなり話題として盛り上がってきて、国会でもこういうような委員会ができて、どうしても規制緩和を実施していこうという流れになっているにもかかわらず、総論賛成、各論反対というのがやはり現実の姿だと思うのです。
 今、お酒の免許の件でいろいろありましたように、例えば車検制度の問題なんかで、自動車修理工場が八万軒ある。この不景気にその車検制度をなくして、では、その八万軒の自動車修理工場の雇用の問題あるいは商売の問題はどうなるのか。規制緩和、原則ゼロベースで行くということはすごく賛成なんですけれども、実際問題、本当にそういうふうにした場合に、それの影響というのがどれぐらいになるのかというのは、数値だとか、そういうのはなかなか出てこないと思うのです。これはどなたでも結構なんですけれども、そこら辺のところでどういうふうに予測されているのか。
 それから、稲盛参考人が言われた、被害があって別の法律制度で救済していく。これは得本参考人も今おっしゃいましたけれども、そうやって保護していく法律制度をつくってしまうと逆にそれがまた規制になっていくのではないかな、結局堂々めぐりで、大もとの規制緩和をしたと思ったけれども、何年かたってみるとそれがまた規制になっていたみたいな形になるのではないかなと感じるのですけれども、その辺についてどう考えられるか。
 また最後に、得本参考人にお伺いしたいのは、先ほど雇用システムの改革が必要だということをおっしゃられましたけれども、もう少し具体的に、規制緩和に伴った雇用形態、雇用システム、こういうふうにした方がしやすいというか、そういう形のお話いただければと思います。

○鈴木参考人 一言だけ。やはり原則自由、例外しか規制しないという原則で進めないと、今おっしゃったように、法をつくったら以下はますますというふうに私は思います、まことに抽象的ですけれども。私は、やはりそうじゃない。まあ、稲盛さんが実際に一番……。

○稲盛参考人 確かにおっしゃるように、総論では賛成だけれども各論になれば反対ということは、これは行革をやっておりましてもう全部そうでございました。原則自由というような形でもって規制緩和をしていくとしますと、行政府がやろうと立法府がやろうと、私はやはり哲学が要るのだろうと思うのですね。
 確かに各論になりますと、規制を緩和することによってその産業が壊滅するとか、その人たちの雇用の問題から生計の問題、いろいろな問題が出てくると思うのです。それを全部やっていきますと、これはもう手がつけられないといいますか、今まで全部規制緩和と言われておったけれども、各論に入っていくと、余りにも問題が大きいものだから規制緩和ができていない。だから、必ずしも官僚の方々が努力をしないでできていないのではなくて、やろうと思えば思うほど実は問題が大きいというところでできなかったと思うのです。
 だから、哲学が要ると私は思うのですね。それは、先ほどちょっと言いましたけれども、自然界というのは諸行無常なんですね。生滅これ法理なんですね。つまり、生まれ滅びるのは、これは自然なんですね。だから、あらゆるものが被害を受けないようにしようということは、もちろん弱者の場合には救済が必要ですけれども、すべての既得権益を持った方々を、既得権益がなくなるために、それを守らなきゃならぬということは、これは過剰な保護だろうと思いますので、その辺は、やはり社会を見詰めていくのに厳しい見方というのは一面では要るのかもしれない。
 私は、哲学を持ち、勇気を持ってそれができるかどうかというのは、やはり立法府の政治家の皆さん方の勇気ではないかなというふうに思います。

○得本参考人 ちょっと二点言いたいのですけれども、一点は、規制を緩和したときの影響の度合いというのはいろいろな面があると思うのですね。国民生活の面からのメリットの部分もあれば、今度はデメリットで、雇用の問題だとかいろいろな部分で衰退していくとか、この両面を考えないといかぬというのはおっしゃるとおりだと思います。ただ、残念ながら、この影響がどういうぐあいになるのかということは、把握できる仕組みが今できていないのですね。やはり、これをつくっていきましょう、つまり、全体像それから影響についてもつくりましょうということ。遅いぐらいのことですけれども、しかしこれは今からでも始めることができる。
 そういう面では、さっき車検の問題がちょっと出ましたけれども、私たまたま自動車産業の出身ですが、正直言って私は、車検制度というのは、今これだけ国際的にいろいろな輸出がされ、品質自体もいいのに、日本にこういうものがあるというのはやはりおかしいと思う。今までは前整備。前に整備をして後で検査をするという非常におかしなことであった。今度、考え方は整理されましたね。前検査、後整備。これは一つの例です。しかし、それにしたってまだ実際、車検の面で、要らぬ部品までかえたりするとか、その点なんかはまだまだ変わる。結局、ぶら下がっている雇用もたくさんある。そうすると、まずそういう物の考え方を変えながら、本当にそういう面では段階を踏んでいくという必要があると思うのです。
 ただ、紹介しますと、整備屋さんというのもだんだん数は少なくなっているのですね。つまり、人がなかなか集まらない。そして、おやじさんとか家族でやっている。そういうぐあいに、もう転換自体を迫られている。しかし、雇用に与える影響というのを考えると、余りドラスチックな形でなくて、これだってある程度段階を踏む必要がある。
 それだけに今度は、規制緩和について雇用の仕組み云々というのは、私もまだきちんと分析しておるというのですか、考えておるわけじゃありませんけれども、いわゆる日本的な年功序列型の賃金であるとか、それから長くいればいるほど、特に退職金なんか一番具体的にわかりやすい例ですが、若い、勤続年数が短いときは非常に少ないけれども、ある途中からぐっと上がる。中高年になれば、今までは安い給料でやってきたけれども、今から収穫の時期だ。今、中高年がいろいろな面で、言ってみれば過剰雇用だとか、特に管理職なんかいろいろある。そういう意味では、やはりこういう仕組みというのは徐々に変えないといかぬ。しかし、ドラスチックにはとても変えられません。
 そうすると、結局新しい人ですね。今から新しく採用する人は別な体系ですよ。今の人はそういうつもりで入っているのに、急に中高年減らして、なくされて、それで若い人がおります、これはもう企業の中でもきついようでございます。やはり二本立てが必要になってくると思う。そういうコンセンサスを持ちながら、そしてだんだん徐々に変わっていく。
 だが、そんな悠長に待っておれるのかどうか。これは何も国内だけの問題ではなくて国際間のいろいろな問題もありますけれどもね。ドラスチックにやらなければならない部分については別な手当ても必要でしょうけれども、基本的に私は、日本的な雇用システムというものはすぐには変えられない、二本立ての構造にしながら徐々に変化させていく、一つの企業にばかりぶら下がるということが逆に言うと転換にプラスということでありますから、そういう移動がスムーズにできるようなあたりを、労働組合の方としても、今までの既得権だけじゃなくて、新しい視点を持たないとだめじゃなかろうかと思います。


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