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会 議 録
第136回 衆 「逓信委員会」 6号
1996/4/3
○高木(陽)委員 新進党の高木陽介でございます。
時間がわずかしかありませんので、報道の自由と公権力との関係性について御質問させていただきたいと思います。
その前に、きのうの参議院でのTBSの幹部の方の参考人招致の記事がきょうの各紙朝刊にいろいろと載っておりましたが、その中で、流通経済大学の辻村明教授がこのように述べているのですけれども、ちょっと御紹介させていただきたいと思います。
TBSの幹部が簡単に国会に呼ばれるのに、なぜ政治家の場合はなかなか実現しないのか。TBSの社長が簡単に参考人招致されるのであれば、民間人より重い責任が追及されて然るべき政治家の場合、とりわけ自民党の幹事長は証人喚問されて然るべきである。国会議員だけは軽くというのでは、民主主義に反する。それは仲間うちの慣れ合いでしかない。
このように述べておりまして、国会、特に委員会での参考人招致または証人喚問というのはかなり重要な問題であると思います。
それで、よく言われるのは、行政、郵政省からの公権力の介入という言い方をされますが、国会に民間人のTBSの幹部、またはきょうは民放連の氏家会長やNHKの川口会長に来ていただきましたけれども、こうやって簡単に呼ばれるということ。もちろんTBSの問題は重要な問題です。国民も知りたがっている。ただ、それが、私たち国会議員も国家権力の一端を担っているということ、この委員会に呼ばれるということは民間人の方にとっては大変な問題なんだということをまず私たちもしっかりと認識していかなければいけないのではないかな。これはちょっと確認をさせていただきたいと思います。
その上に立って、報道機関というものは、国民と、テレビでいえば視聴者、新聞でいえば読者だと思いますけれども、それがお互いの信頼関係で成り立っている。これは当然のことです。また、それしかよって立つ基盤がないと思うのですね。
そんな中で、今回、TBSがその信頼関係を損なったということで問題がどんどん大きくなってしまったわけですけれども、基本的に、過ちを犯した場合は批判を謙虚に受けとめて、その後まず、なぜミスを犯したのか、これを検証しなければいけない、特に報道機関は。その上に、それを公表する。すべてを明らかにした上で謝罪をし、次の対応策を練るというのが基本ラインだと思います。
きのうの参議院の参考人招致でも、一部の委員の方がおっしゃっておられましたが、特に報道機関、ジャーナリズムにおいては、八一年、ワシントン・ポストのピュリッツァー賞をとった「ジミーの世界」の問題で、オンブズマンのビル・グリーンが四日間で四十七人調査してしまった、そして一面トップから大体四ページ半にわたるその報告書をワシントン・ポストは載っけて、そこで信頼を回復してきたという、これはジャーナリズム界においては、本当に、画期的なというか、ある意味では参考になることだと思うのです。
ところが、今回、TBSの場合は、なかなかそこら辺ができていないという、ここにいらだちを感じるのです。ただ、だからといって、今言ったように公権力、行政も、国会は立法機関ですけれども、それが安易に介入してはいけないのではないのかというのが私の個人的な考え方です。それについて、氏家会長、どのようにお考えか。
○氏家参考人 私も、先生の御意見に全面的に賛成でございます。
○高木(陽)委員 そこで、今度は郵政省の方に聞きたいのですけれども、郵政省の方も、今回の問題、本当に、かなり慎重にとらえられていると思うのです。いろいろな各委員の方々、または参議院とか予算委員会等々でもいろいろな方がこの問題を質問する中で、かなり慎重な答弁を大臣もされ、または放送行政局長も慎重な答弁をされているのですけれども、処分を含める公権力の介入というものをさらにここでもう一歩慎重に考えていただきたいというのが私の意見なのですが、それについて郵政省の方から。
○日野国務大臣 先ほど遠藤先生の御質問にもお答えをいたしました。この放送をめぐる法体系、これは、報道の自由、これを原点に踏まえながら、放送法、電波法において規律しているところであります。そして、さらに、そこで規律をしないところは自主性に任せる、これが原則でございますね。そして、放送の各基準を見ても、これは非常にいろいろなことに配慮してできているのであります。これをきちっと守っていただければ、私は、すばらしい放送の秩序というものは形成されていくであろうと思います。
しかし、いろいろ憂慮をしなければならない事象も発生しているわけでありまして、今回のTBS事件というものは、はしなくもその一端をかいま見せてくれたわけであります。私は、このような事象というのはいつばいあるんだと思うのでございますよ。先ほども氏家会長さんが、他山の石としてというようなことをおっしゃっておられましたが、私は、そういう受け取り方を放送界全体としてしていただくこと、これを心からお願いをいたしたい、このように考えております。
我々、先ほどの遠藤先生の質問に対しても、処分という言葉は私は使わずに、措置というふうに、これからの我々の考える措置を表現をさせていただいたわけでありますが、我々は、あくまでも放送法の体系というものを十分頭に入れながら、今後の措置を考えてまいりたいと思います。それがどのようなものになるかということは、今後、私どもは、透明な、そしてきちっとしたプロセスを経て、そして厳格に事実を認定をして、その上でその措置、どのような対応をする措置をとるかということは決めさせていただきます。
○氏家参考人 私も、先生の御意見に全面的に賛成でございます。
○高木(陽)委員 そこで、今度は郵政省の方に聞きたいのですけれども、郵政省の方も、今回の問題、本当に、かなり慎重にとらえられていると思うのです。いろいろな各委員の方々、または参議院とか予算委員会等々でもいろいろな方がこの問題を質問する中で、かなり慎重な答弁を大臣もされ、または放送行政局長も慎重な答弁をされているのですけれども、処分を含める公権力の介入というものをさらにここでもう一歩慎重に考えていただきたいというのが私の意見なのですが、それについて郵政省の方から。
○日野国務大臣 先ほど遠藤先生の御質問にもお答えをいたしました。この放送をめぐる法体系、これは、報道の自由、これを原点に踏まえながら、放送法、電波法において規律しているところであります。そして、さらに、そこで規律をしないところは自主性に任せる、これが原則でございますね。そして、放送の各基準を見ても、これは非常にいろいろなことに配慮してできているのであります。これをきちっと守っていただければ、私は、すばらしい放送の秩序というものは形成されていくであろうと思います。
しかし、いろいろ憂慮をしなければならない事象も発生しているわけでありまして、今回のTBS事件というものは、はしなくもその一端をかいま見せてくれたわけであります。私は、このような事象というのはいつばいあるんだと思うのでございますよ。先ほども氏家会長さんが、他山の石としてというようなことをおっしゃっておられましたが、私は、そういう受け取り方を放送界全体としてしていただくこと、これを心からお願いをいたしたい、このように考えております。
我々、先ほどの遠藤先生の質問に対しても、処分という言葉は私は使わずに、措置というふうに、これからの我々の考える措置を表現をさせていただいたわけでありますが、我々は、あくまでも放送法の体系というものを十分頭に入れながら、今後の措置を考えてまいりたいと思います。それがどのようなものになるかということは、今後、私どもは、透明な、そしてきちっとしたプロセスを経て、そして厳格に事実を認定をして、その上でその措置、どのような対応をする措置をとるかということは決めさせていただきます。
○高木(陽)委員 そのような中で、これは三月二十七日の東京新聞だったかと思うのですが、郵政省の放送行政局長の私的諮問機関で多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会、これの中間報告の骨子が、新聞に、書かれたというか流れたというか、そんな中で、放送に関して第三者機関が必要である、「苦情処理や義務違反の判断の機関が必要。番組審議機関の機能強化」だとかいうことで、第三者機関というと聞こえはいいのですけれども、これはまだ中間報告ですからこうやってやるというような決定じゃないのですが、この時期にこうやって出ますと、何か郵政省が意図的に介入していくんじゃないかとか、この第三者機関という概念も、じゃ、だれが任命するか、だれが選ぶか、ここによって第三者機関の色合いというものが変わってくるわけですね。
そうしますと、これは、郵政省がタッチしますと、かなり郵政省色の強い、そして公権力の介入になり得る、そういった機関になるのではないか。ここら辺のところでどのようにお考えなのか、郵政省、その後氏家会長の方からお聞かせ願いたいと思います。
○楠田政府委員 視聴者と放送に関する懇談会の中間報告というのはまだ出ておりません。
ただ、この懇談会の中で、放送と人権の問題であるとか、あるいは青少年保護であるとか、あるいは放送と政治の問題だとか、いろいろなことをやっておるわけです。いずれ報告を出すわけですけれども、そういう中で、今のような形で、番組審議会とかそういうようなものをいろいろやって
おりますが、それと違った形の方法もあるのではないかという意見と、それは必要ではないという意見と、両方ございます。したがいまして、どういうような形でこれから報告が出るかわかりませんが、その点だけは申し上げておきたいと思います。
いずれにしましても、この懇談会でいろいろな多方面の御意見を聞きながら、こういうような問題について対処していきたい、こういうふうに思っておるわけであります。
○氏家参考人 この問題は、結局郵政省がどうお考えになるかということが最後になると思いますが、私どもといたしましては、私どもの自浄努力というものを考えていただきまして、第三者機関という形にならないことを心から期待するものでございます。
○高木(陽)委員 さらに、このTBS問題が起きてから、いろいろな意見が皆さんの中から出ておりまして、特に、与党三党が二十六日の政策担当者会議において、報道のあり方を検討すると。もちろん、報道機関に対しても、いろいろな批判、これはもうどんどん報道機関の方々も受け入れていただかなければいけないのですけれども、一番最初に申し上げました国会、特に与党ですから、政策決定にかなりの影響力を持つ、こういった政策担当者の方々が、例えば番組や記事の内容、選挙情勢報道などマスコミによる世論操作の有無、取材される側のプライバシーの保護などに関し、今国会中に与党見解など何らかの形で意見集約する方針、これはかなりプレッシャーになる、そんな気もしないではないです。だからといって、意見を言ってはいけないということはないのです。ただ、そこら辺のところも、与党の方も慎重にやっていただきたいなと思っています。そういった中で、野中幹事長代理なんかは、それはちょっと、まあブレーキをかけるというかそういった話も聞きましたので、そこら辺のところは与党の見識にも期待をしたい、そのようにも思うのです。
そのような中で、一方的に権力側だけがセーブしなければいけないということではなくて、やはり報道側も、セーブしていくというか、それなりに自律をしていただきたい。
そこで、立教大学の服部孝章教授の、マスコミ法制論、最近よくコメントで出ておられますが、「人権と報道を考える」という「法学セミナー」に載っていた記事をちょっと紹介させていただきたいのです。
オンブズマンと報道の自由
日本に限らず、米国でもスウェーデンでも、ジャーナリストには共通の病がある。それは自分たちへの批判に対してアレルギーがある、ということだ。ただ、スウェーデンには二百年前に、憲法の一部として「報道の自由」が確立し、ジャーナリストは責任を自覚している。もし「報道の自由」を行使する時、思い上がりがあれば、読者の信頼を失う。結果として、この「報道の自由」を法律で規制しようという誘惑を政治家に持たせる。そんな危険を冒すより、報道機関が、自主的な審査機関を作った方が危険が少ない。
こういう指摘があるわけです。
番組調査会ですかとか、いろいろとあるのですけれども、この際、オンブズマンの制度みたいな形で民放連として検討する余地があるのかどうか、それをお聞かせ願いたいと思います。
○氏家参考人 先生のおっしゃること、それから今読み上げていただいたことは、十分に理解できることでございます。
私どもといたしましては、検討する余地は十分にあると考えております。
○高木(陽)委員 NHKの会長の方も、このオンブズマンのことに関してお願いいたします。
○川口参考人 現在私どもがとっております番組審議会というのは、そのオンブズマン制度の一つの形だと思っています。中央番組審議会が毎月行われておりますが、これはぜひ中身を聞いていただきたいと思うぐらいに鋭い批判、あるいは建設的な御意見等々が寄せられていまして、その番組審議会をできるだけ健全に活発に育てたいというふうに私は思っております。
○高木(陽)委員 理想論を言えば、それぞれの局が社内でしっかりとする。TBSも、チャンスが何回かあった中で、例えば昨年十月の日テレの報道から二カ月半の社内調査があった、でもその期間にもいろいろなことができたはずなのに、結局それが、三月の十一日の会見のときに、結果的にはうそをついてしまったという。そこら辺のところで、視聴者、国民のマスコミに対する不信感がやはり増幅していると思うのです。
そういった中で、本当は社内できっちりできればいいのが、ここに来て、やはり第三者という形よりもオンブズマンで検討していただくのがいいのかな、こういうふうに意見を述べさせていただきたいと思います。
あと、もう時間も大分なくなってきましたので、一つ、これは、民放連、NHK含めて各局、きょうも放送をずっと中継されておりますので、考えていただきたいのは、真実は何ぞやということ。今回のTBS問題で、特にTBSの社内調査が、事実はありません、見た記憶がないという報告の中で、その後、早川公判の供述調書、またはその前の冒陳等々で明らかになってくる。ただこれはあくまでも検察側の供述調書であって、この間読まれた三通ですか、供述調書の中をいろいろと検討してみますと、例えばティ・ビー・エス・ビジョンのディレクターは、早川たちが来たときに五人で対応したという、一方、総合プロデューサーや金曜日担当のプロデューサーは二人で対応したという、もうここでディテールの違いがあるわけですね。
ところが、何か検察が言うと、公の機関が言うと、これがもう真実なのじゃないか、にしきの御旗を立てて、TBSどうのこうの、別にTBSを守るつもりはないのですけれども、そういった報道のあり方。私も実際に議員になる前、記者をやっておりましたので、警察が発表すると、何かそれがいかにも本当だということで載っけてしまうという、ここら辺のところもしっかりと検討を重ねていただきたいなと思います。
時間がもう来ましたので、最後に一つだけ。
これはもう皆さん、特に会長なんかはいつもいつも見られておると思います。民放連の「放送ハンドブック」ですか、ここに書いてあること、これだけちょっと紹介させていただいて、質問を終わりたいと思います。
基本的人権の一つとして、憲法二一条が保障する表現の自由は、他の人権、例えば経済的自由権などに比べ、優位にあるとされている。これは、民主主義社会の成立には、表現の自由の保障が不可欠と考えられるからにほかならない。
表現の自由の重要性を考えれば、その担い手としての放送の責任はきわめて大きいといわなければならない。表現の自由を正しく行使することが、放送に課せられた責任といえよう。
その後、
マスメディアに対する法的規制の動きが表面化したことは、過去に一度ならずある。公権力に規制・干渉の口実を与えないためには、自律、つまり自らの手で自らを律する姿勢が必要といえる。
以上で終わります
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