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第163回国会 衆議院会議録
2005(平成17)年10月20日
 
 


第163回 衆議院

「日本国憲法に関する調査特別委員会」4号


 

参考人
(ジャーナリスト/真っ当な国民投票のルールを作る会事務局長)

 今井 一 氏
(作家)

 吉岡 忍 氏

 

高木(陽)委員

 公明党の高木陽介でございます。
 本日は、二人の参考人の方には大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。質疑の時間が十五分と限られておりますので、端的にお伺いをしたいと思います。
 まず、今井参考人にお伺いをしたいんですが、このレジュメの二ページ目の頭ですね、よく学び、よく考え、よく話し合う。国民が投票するということで、本当に一人一人の国民に御理解をいただいた上で、それがいいのか悪いのかしっかり判断をしていただくためには、本当に重要なことであるなと思います。
 その上で、まず、運動の期間というか、発議をしてから投票までの間、吉岡参考人の方は半年以上というふうに言われておりますので、ちょっと今井参考人にお伺いしたいのは、例えばスイス等の国民投票、ここら辺は発議からその投票までどれぐらいなのか、また、憲法の国民投票で日本でやる場合には、どれぐらいの期間が必要なのか。
 つい先日、衆議院選挙が行われました。選挙と国民投票は違うといいながら、結局、今、運動期間というのは、衆議院の場合十二日間、しかも、解散してから約一カ月の間にそれぞれの政党がマニフェストを掲げていろいろと論議をするんですが、本当にその一つ一つの政策について国民が理解をした上で投票ができているのかな、ここら辺のところは、メディアのあり方等もいろいろと問題もあると思うんですけれども、これはなかなか難しい問題だなと思います。
 そういった意味では、この国民投票の運動期間、これについて今井参考人にお伺いをしたいと思います。

 

今井参考人

 これは、社会的な状況とかそれから政治的な状況で特に緊急性を要する国民投票というのが今後出てくる可能性がありますけれども、その特に緊急性を要する状況というのは、ちょっとここではおいておかせていただきます。
 そうでなければ、やはり憲法にかかわる問題については、最低でも三カ月時間を置くべきじゃないかと思っています。しかし、今後、もし憲法にかかわる以外のことで諮問型あるいは助言型の国民投票が行われるのであれば、私は一月ぐらいでやれるものもあるんじゃないかと思っています。
 それから、憲法について言っても、前にこれは、ごめんなさい、保岡さんから私御意見を伺ったことがあったかと思うんですが、憲法の中でもそんなに白熱した議論を要しない、簡単に決められる問題もあれば、あるいは非常に重要な問題もあるから、一律に憲法だからといって二カ月とか四カ月とか、それも決めない方がいいという御意見を伺ったんですが、私も賛成です。やはり基本的には、それぞれのテーマによって三カ月とか三カ月半とか四カ月とか決めればいいんじゃないかというふうに思っています。それは国会の方にお任せするしかないというふうに考えております。

 

高木(陽)委員

 続いて、運動の仕方ということで、先ほど両参考人とも、規制については極力避けていくべきであろうと。私もそのように思います。
 基本的に、私も新聞社出身ということもあって、表現、報道の自由は本当に守っていかなきゃいけない、この観点に立った上でも、国民投票、憲法の問題について、いろいろな意見があって初めて集約されてくるんだろうな、その上に立って、ただ、吉岡参考人は、物理的危害をほのめかす脅迫的言辞、これは何らかの対応をした方がいいだろうと。
 ここで、これはちょっと幅が広くなってしまうかもしれないんですけれども、物理的危害ではなくても精神的な危害、結構今のメディアのあり方でもあると思うんですけれども、一たん傷つけられた良心の部分、ここを回復するというのはなかなか大変な部分があるわけですね。ここら辺はメディアまたはそれに携わる人たちの自律性というのが本当に問われるとは思うんですけれども、ここら辺のところでどのようにお考えか、吉岡参考人にお伺いしたいと思います。

 

吉岡参考人

 これまで、例えば右翼の暴力によって出版社の家族の関係者が殺されたりとかということもあります。あるいは政党の党首が殺されたりということもあります。もちろんそれは、極左の活動によっても同じような危害が加えられたというケースもたくさんあります。
 私は、今の言論ということに限って言いますと、私自身も、例えばかみそりを送りつけられたりとか、電話がかかってきて脅迫的なことを言われて、夜道は明るい月夜の晩ばかりじゃないよというようなことを言われたりとかということは、多かれ少なかれ皆さんも、大体こういうことを仕事にしているとされていると思うんですね。これを特定するのは非常に難しいですけれども、もちろん、ほかの法律によってもこれは逮捕することはできる、捜査することも可能だと思いますけれども、こういうことはやはり抑止しなければならない。しかしそれは、では、そういうかみそりを送りつけるのは一体物理的な危害なのか心理的な危害なのかというと、ちょっとわかりにくいところがありますよね。両方あるんだと思いますけれども。実際にやればもちろん物理だし、両方ですね。
 ですから、こういう、心身のというふうに言うべきなのかもしれませんけれども、どういうふうに法を文章化するかは別として、何らかのことは言わなければいけないのではないか、あるいは別の法律でやるよということを言うか、どちらかだと思いますけれども。

 

高木(陽)委員

 続いて、今井参考人にお伺いしたいのは、スイスの例で、放送媒体、政治的宣伝、放送を一切禁止するという、ここら辺はやはり資金の問題というのも問われているのか。
 もう一つ、マスメディアのあり方ということで、テレビと新聞がかなり違う。ただ、テレビで報道に携わっている人たちも、やはりジャーナリストとしてそういう一つの見識を持ち、または主張をしたい、こういうのもあると思うんですね。ただ、テレビの影響力というのも日本でもかなりありますから、そう考えた場合のこの格差をスイスのようにつけた方がいいのか、もしくは、平等に、公平にというか扱った方がいいのか、その点についてお伺いしたいと思います。

 

今井参考人

 スイスで、今、高木さんがおっしゃったことについては、スイス国営放送の国内政治編成局長ロルフ・カーメンツィントゥ氏という方に話を伺ってきました。高木さんがおっしゃったことと同じことを私は聞いたのです。つまり、資金的な問題なのか、それともほかに理由があるのか。もう答えは明快でした。活字と違って放送媒体は主権者をマインドコントロールしてしまう可能性が強い、だからラジオもだめだしテレビもだめなんだ。それは、スイスの場合、私たちと違って小さな国で、四方八方をイタリアとかドイツに囲まれていますよね。ドイツから放送をしてくる人がいたそうです。それも、そこまで考えていなかったものですから、それをやられちゃった後にそれも禁止する。よその国から賛成に投票してくれと言うのもだめだというふうなことを法律で後で規制したそうです。とにかく、放送についてスイスの人たちは非常に神経質になっています。
 ただし、考えてほしいのは、それは単純に、昔、私がモスクワに住んでいたときに、さっき言ったエリツィンが四つの項目について国民投票したときに、ダー・ダー・ニエット・ダーと答えてくれと言いました。もうこれは大変だったのです。朝起きてラジオをつけたらダー・ダー・ニエット・ダー。テレビをつけたらダー・ダー・ニエット・ダー、ダー・ダー・ニエット・ダー。取材をしてタクシーの運転手さんに、今度国民投票へ行きますかと言ったら、行くよと、どういうふうに投票しますかと言ったら、運転しながら後ろを向いてダー・ダー・ニエット・ダーと言うんですよね。もう完全にマインドコントロール状態ですね。
 スイスは、そういうことにならないように、でも、彼らが制限しているのはそういうことであって、テレビでの討論とかはいいんです。これはいいんです。フランスでもそれはいいんです。そういう何かもう本当に単純に賛成、賛成、賛成、賛成みたいな、そういうスポットがだめだと言っているだけで、討論は大いにやってください、討論番組も大いに結構ですよと。そこを間違いのないように。

 

高木(陽)委員

 今、討論番組はいいというお話がありまして、選挙のときも、各政党が討論番組に出たときに、今井さんなんかとも、また吉岡さんとも一回一緒に番組に出たこともあるんですけれども、そのときに、結構今の流れというのはマルかバツかをすぐに決めたがる。やはり五一対四九というのがある、人それぞれその途中の経過が大切なのに、特に憲法の問題なんかは、その過程、なぜこの条文が出てきたのか、なぜこの改正でこういうふうにしようとしているのかというその途中過程が大切なのに、何か今のメディアというのは、そういう途中過程を省いて、マルかバツか、一〇〇かゼロか、白か黒かみたいなそういう問いかけをしてくる傾向があるので、逆に、もし討論を許したとしても、そこのところでかなりゆがめられるのかなという気がしてしまうんですけれども。
 その上で、時間も限られておりますので、承認をするしないのところで、吉岡参考人は全有権者の過半数、まあ、棄権をする人も一つの意思表示ということで言われておりますけれども、ここの点をもう少しお話しいただきたいのと、今井参考人に、この資料を読ませていただくと、スイスで平均四五%の投票率、そうなりますと、その投票自体でそれは過半数の有権者に行っていないわけですから、もうほぼ否決されてしまう。この点についてお二方の御意見をお伺いしたいと思います。

 

吉岡参考人

 私は、全有権者の過半数というかなり極論を申し上げております。先ほどもちょっと言いましたけれども、改正されるにせよ、あるいはされずにこのままでいくにせよ、その憲法というのは、つまり、それから何年間ももちろんこの社会で影響を及ぼすわけですし、それから、その確かさというか正統性というものをどう担保するのかということを考えなくてはならないと思うんですね。
 よく言われるように、投票率が本当にぎりぎり五十数%ぐらいであって、しかも賛成が五十数%みたいなことになりますと、ほとんど四人に一人しかこの憲法についてオーケーと言っていないよということがずっと広がると思うんですね。ですから、国民投票というのは非常に危険な側面も持っていて、仮にこのまま、現状のままいくにしても、改正なしでいくにしても、今まで持っていた定着感よりは、四分の一しか定着でオーケーよというふうにならない可能性が出てくるわけですね。
 ですから私は、できるだけたくさんの人が参加してほしいけれども、全有権者の過半数は占めたんだよということをやらないと、そこから先の憲法が生きなくなるということを恐れているからです。

 

今井参考人

 フランスで、先ほどフィガロのこれを見せましたけれども、はっきりとしたフランス国民の主権者の意思が表明されたと。御存じのように、フランスの憲法では、主権者は選挙と人民投票によって主権を行使するというふうにフランス憲法には書いてあります。この結果を見て、投票率が七割で五五%の人が反対と言ったんだから、これはもう明確な意思表示をされたと。では、全有権者の幾らかといったら、三八%なんですよ。
 例えばロシアの憲法みたいに、もう憲法の中に、半数以上の人が投票して、さらにそこから過半数をとらなければいけないと書いてあります。日本の九十六条には書いていませんから、投票率が三割でも四割でもいいわけですね。それから、吉岡さんがおっしゃったように、ドイツの州の憲法については、確かに、全有権者の過半数が賛成しなければいけないという規定のところがあります。
 ただ、この問題は、大まかに言って二つあります。一つは、吉岡さんがさっき言ったような意味で過半数を求める場合、それから、それに反対する、例えばドイツでいったら緑の党なんですが、一切のそういう投票率、それから絶対得票率のハードルを設けるべきじゃないという考え方もあります。
 なぜかというと、彼らは、私たちは市民が積極的に政治に参加していって政治を変えていくことを希望しているのに、もしそういった絶対得票率あるいは投票率のハードルを設けると、結局棄権した人たちが勝利してしまう、参加した人たちの意思が通るべきであるのに、棄権した人たちに政治が握られてしまう、それはおかしいんじゃないかと。やはり、市民の政治参画ということを考えたり主権者の政治参画ということを考えたら、参加した人たちの意思が拾い上げられるべきであって、棄権した人たちは放棄したんだから、その人たちを相手にする必要はないという考えもあります。
 これは本当に難しい問題ですけれども、そのことについても、この委員会でまた議論していただければというふうに思っております。

 

中山委員長

 以上で高木陽介君の質疑の時間は終了しました。

 

高木(陽)委員

 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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