連載94 政界激動も変わらぬ小沢氏の手法


 
政界激動も変わらぬ小沢氏の手法
 
 
 
  
 
“二重権力”が復活!?

 
 天皇陛下在位20年の記念式典が12日、東京・千代田区の国立劇場で開催される。
 
 元号が「昭和」から「平成」に変わって20年が過ぎ去ったわけだ。
 
 当時はまだ新聞記者だった。ベルリンの壁が崩れたのが20年前の11月9日。バブル経済も最盛期であった。
 
 俳優の松田優作が亡くなったのもこの年だ。没後20年が過ぎ、映像がテレビで映し出されると、懐かしく感じる世代も多いのではないか。
 
 「10年ひと昔」というが、20年となると“歴史”になってしまう。先日も若い新聞記者と話していたら、「平成になったときは小学生でした」との言葉に、「自分も古い人になってしまったか」と痛感した。
 
 平成になった頃、政界は「リクルート事件」で揺れていた。私も社会部記者として、何度も国会に足を運んで取材をした。
 
 この事件をきっかけに、選挙制度改革を軸にした“政治改革”のうねりが高まっていった。竹下、宇野、海部、宮沢と次々に内閣が変わり、平成5年の夏には、非自民の細川内閣が発足した。
 
 私もこの夏の衆院選で政治の世界に飛び込んだ。自民党が昭和30年の保守合同以来、初めて野党に転じたのもこの時だ。政権交代の立役者は自民党を飛び出した小沢一郎・現民主党幹事長。当時、新生党の代表幹事として、公明党の市川雄一書記長とのコンビは“一・一ライン”と呼ばれ、内閣とは別の所に権力の所在があるといわれた。非自民政権がわずか10カ月で崩れたのは、小沢氏の強引な政権運営が大きな要因と指摘されている。
 
 鳩山内閣がスタートして50日が過ぎた。しかし、細川・羽田内閣の時のように小沢氏の“二重権力”が復活するのではないか―と危惧する声も少なくない。
 
 実際、鳩山内閣の行政刷新会議のメンバー選びで、その二重権力ぶりが表面化した。鳩山首相自ら「必殺仕分け人」と宣揚した人たちが、小沢氏の一声で振り出しに戻り、逆に“仕分け”されてしまった。人事権は鳩山首相にあるのか、それとも小沢幹事長か。
 
 携帯電話やインターネット、電子メールなどは普及しておらず、記者はまだポケベル。政界では小沢氏が自民党幹事長だった20年前。当時と比較してみると、電子機器の普及で便利な世の中になったが、小沢幹事長の手法は時計の針が止まっているようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(平成21年11月11日付 夕刊フジより転載)
 
 

2017年02月20日